時計じかけのオレンジから学ぶアクセントスタイル

更新日:11月10日



言わずと知れた名作、時計じかけのオレンジはスタンリーキューブリックが監督したバイオレンスなSF映画である。

原作はアンソニー・バージェスが1962年に発表した同名の小説。

映画は1972年に公開され、公開から50年ほど経った現在でも街中には、映画の1シーンやポスターがプリントされたTシャツを着た若者が少なくない。

なぜこれほどまでに長く人気を獲得し色褪せないのか。今回は映画『時計じかけのオレンジ』について様々な視点から触れていこう。




●あらすじ


舞台は近未来のロンドン、暴力に明け暮れる少年グループのリーダー、15歳のアレックスが主人公です。強盗、暴行、強姦などご無軌道な非行を毎日楽しむアレックスたちだが、グループ内の諍いが原因で彼だけが警察に突き出され逮捕される。

懲役14年の実刑判決を受け、模倣囚を装い2年が経った頃、内務大臣から気に入られ、残り12年の刑期と引き換えに『ルドヴィコ療法』の被験者になることを提案される。アレックスは獄中生活から逃れるべく、その条件を飲むことにした。


しかしルドヴィコ療法とは、投薬され椅子に縛り付けられた上、目を閉じることができないように金具をつけられ残虐な映像を長時間にわたり強制的に視聴するものだった。

投薬された薬には吐き気や不快感を催す作用があり、視覚から受ける残虐なものと感覚から受ける不快を結びつけ、それらの行為に対して嫌悪感を植え付ける治療法は想像を絶する過酷なものだった。


治療を経て暴力と性的なものを拒絶する真人間となったアレックスだが、昔の仲間や襲撃した人々から復習され袋叩きにされてしまう。

そして、ある事件をきっかけに治療の効果は抹消され元の姿を取り戻すのであった。



●映画の魅力


この作品における性的描写にはエロスが求められていない。

淡々と描き、時にはただの暴力として見るに堪えないシーンも多くある。

アレックスが「雨に唄えば」を歌いながら夫婦の主人の腹に蹴りを入れ、主人の前で夫人を強姦するシーンでは倫理観を完全にすっ飛ばしたアレックスの高揚感がよく伝わってくる。この不快感満載のバイオレンス要素がキューブリックの描く”人間らしさ”である。

後にルドヴィコ療法でアレックスは真人間として生まれ変わるが、この療法とは改心するようなものではなく、単に”人間らしさ”であるヴァイオレンスな部分を機械的に制限するだけのただの洗脳状態であった。


暴力性と性衝動、それらに従順なアレックスに対する不快感。

そしてそれらを抑え込まれたアレックスに感情移入した際の不快感。


最初、見てる側の私たちに植え付けた暴力に対する不快感を一度他者の力で半ば強引に抑圧することで、暴力に対する2種類の不快感を私たちに体感させるキューブリック。

最終的にそれらの感情の解放は”人間らしさ”として表現した暴力を”快楽”として露骨に表現している。


そもそも「時計じかけのオレンジ」とは、ロンドン東部の労働者階級が使っていた俗語で『表面上はまともに見えるが中身は狂っている』というような意味の言葉である。

社会的に力を加えたところで物事の本質は変わらない。


つまりアレックスの中身は残虐的で暴力的なままであり、真人間にはなり得ないともとれる。

映画ではそれを視覚的に非常にわかりやすく表現している、私たちが体感したように。

自由放任主義と全体主義社会のコントラストが強く感覚に直接訴えるような風刺作品だ。



●ファッション性

70年代に公開した映画だが、今見ても近未来を思わせる様なインテリア・ファッション・ヘア等、視覚的にも十分楽しめる映画である。家具のデザインも秀逸だが、何と言ってもそれらに劣らないキューブリックのカメラワーク。しかしあくまで美容の記事なので、ファッションとメイクについて掘り下げよう。


時計じかけのオレンジの衣装デザイナーを担当したのはイタリア出身のミレーナ・カノネロ。これまでに9回アカデミーデザイン賞にノミネートされ、そのうち4回受賞している実力者である。キューブリック作品では、他にも映画『バリー・リンドン』や『シャイニング』に携わっている。



●スタイル


そして何より印象的なのはアレックス率いる少年グループ『ドルーグ』の衣装とアレックスのアイメイクである。


ドルーグのメンバーは